2014年3月31日 (月)

Thank You (Giant For A Day)

Gg 徒然なるままにGentle Giant。

その時その時の思いつきで書いていますので、ちゃんとGentle Giantについて知りたい方は下記のリンクをお勧めします。

:私がプログレのCDを購入するときに必ずと言っていい程、参考にさせていただいたいるHPです。GGのアルバムの詳細な解説があります。

:Kerry直営GG, Damon ShulmanのAlbum販売

: Philの次男Damon ShulmanのHP
PhilのInterviewもあります。

:GGではないですがInternational Popular Group, Areaのblogもやってます。最近放置状態ですが...

2013年8月24日 (土)

Gwladys Weathers R.I.P

GG mailing listのJohn Weathersからのmailによると、お母様のGwladys Weathersさんが20日の火曜日に亡くなったとの事。

ご冥福をお祈り致します。

2013年7月15日 (月)

Lecture: Tony Visconti (Madrid 2011)

ご無沙汰しております。

Lecture_tony_visconti_madrid_2011_p さて、彼らは3枚目以降のalbumは基本的にself produceだが、1枚目、2枚目に関しては当時既に、producerとして自分を確立していたToni Viscontiがproduceしている。Viscontiは1st albumのジャケットに描かれた巨人の絵(Gargantuaの娘のボーイフレンドという設定)がどのように描かれたかを童話風にした"A Tall Tale"を寄稿したりと結構入れ込んでいる。一方、Rayを始めとしたbandのメンバーはViscontiのする事を一つも見過ごさないようにして吸収し(Ray談)、三枚目以降のself produceにつなげたようである。それもあって、1stではViscontiはalbumをまとめる主導権を握っていたものの、Aquiring the Tasteではalbumの構成やコンセプトはbandに任せ、effectや録音テクニックの助言を主に行ったようである(Derek談)。GGのメーリングリストにスペインで行われたViscontiの講義の動画が紹介されているが、ここで、司会者の「今までproduceしたバンドのなかで、一番印象に残っているのは誰ですか?」と聞かれると「今まで400枚以上の作品をproduceしたが、Gentle Giantの2枚が何と言っても楽しかった」と言っており、The Moon Is Downをかけながら、percussionのpitch downの方法などを楽しそうに話している。なお、GGの話が聞けるのはpart 2の21分目あたりからである。

興味のあるかたは御一見を。

2013年6月21日 (金)

Proclamation (The Power and The Groly)

The Runaway で、私にとってのGGの魅力は「アンビバレンツな感じ」と「外した感じ」と述べたが、さて実際に「外した感じ」とはどういうものかと言われると、感覚的なものなので、ちょっと困ってしまう。そこで、具体的に「外した感じ」を受ける所を思いつくままに書いてみようと思う。もちろん、対位法、ポリフォニーを取り入れた楽曲などは十分このバンドをユニークなものにしているが、私にとってはどちらかというと、聴いた時に感じる感覚的な「心地よい違和感」を指しているようである。もちろん、これは私の脳内妄想なので、それぞれの方とは全く違う受け取り方なのかも知れないが、暫くお付き合い願えれば幸甚である。

何と言っても最初に頭に浮かぶのはLiveでのOctopus Medlayでのリコーダー・カルテット、これだけでも「ロックバンド」としては十分外していると思うが、さらに間に挟む曲は「アルプス一万尺」(Yankee Doodre)である、また、TimingでRayのViolin独奏になる所はDelayを効かせた”Are You Sleeping Brother John?”である。まるで、ロックバンドに突然「栗コーダー」が乱入したり、日本のプログレバンドがViolin soloで「カエルの歌」を始めるようなものだな~、などと感じてしまうのは例によって私の脳内妄想である。

Proclamation_2 また、各々の曲での「外し」では、リズム外しが私にとっては、凝った肩をもまれたときのような「痛気持ちよい」感じで、これがGGにやみつきになる1つの理由の様に感じている。もちろん、Just The SameのようなPiano, Guitar 7/8拍子、Bass, Drums 3/4拍子の様な大技も心地よいが、他の曲にも見られるバースの始まりが突然半拍喰って始まったりする小技が心地よい。個人的なお気に入りはProclamationである。ele-Pのリフは1拍目の裏から始まる(譜面(1):前回あまりにも手書きの譜面が汚かったので、free soft "Muse Score"を使ってみました。慣れれていないので、譜割が分かり難いのはご容赦を。)。譜面にしてしまえば単純だし、よく色々な曲に用いられる手法ではあるが、リフの組み立てが巧いので、まるで自分が今(リズム上)のどこにいるかわからなくなるところが何とも心地よい。ただ、文句を言わせてもらえば、Liveでは1拍目の表に左手のrootが四分音符で入っているので、ちょっと気持ちよさは半減してしまう。ただ、これは、この頃のインタビューでKerryはステージでのモニターが良くなかったので、Liveでは殆どGaryのGuitarが聞こえなかった(このためGaryは、他のメンバーにリズムがあっていることを示すために、演奏しながら膝でリズムを取る演奏法になったとのことである。)と言っているので、その辺の関係かもしれないが…  私のつたないリズム感で一生懸命カウントしてみると、更にdrumsのrhythmが入ってくるところでは、入り口のフィルインが一小節だけ7/8になりしかも1/4拍喰って次の小節からのリフに入っているので、ぼけーっと聴いていると、一瞬何が起こったのかわからなくなる。しかも7/8の小節の前はコーラスの”Haaaaaaaail !”というのばしだが、ここも前の小節から半拍喰って入っているようにしか思えない(譜面(2))。こんなちょっと生理的にカウントするのが難しい構成でリフの入り際がLiveでもぴったり合っていて、しかも心地よいのはいつもすごいと感じてしまう。いずれにせよ、この手のアレンジは、譜面にすれば単純に見えるものの、乗りのよい倍テンポシャッフル4拍子系グルーブの中で突然、不自然とも思える半拍喰いが現れるわけで、例によって私の妄想であるが、アレンジ自体はKerryが譜面上でメカニカルにアレンジしたものが、他のメンバーを通すと、生身の心地よいロックのグルーブのなかで突然不連続点が現れるという形になって表れている感覚を受ける。余談だが、Derekの話によるとKerryはGGで作曲した殆どの曲を譜面に起こしていたそうであるが、Rayを除いて、他のメンバーは全く譜面を読もうとせずに、KerryあるいはRayのデモテープでフレーズを覚えてきたり、KerryとRayが他のメンバーが演奏できるまで、我慢強くフレーズを教えていたそうである。

ま~、とりあえず脳内妄想をつらつら書いていたので、全くとりとめが無くなってしまったが、ご容赦を。是非、貴方にとってのGGの「外した感じ」を教えていただければ幸甚です。

これはstudio version。これは"Haaaaaail"が八分分早く入るようにも聞こえる。 ハイハットも入っていないので、今一譜割が?ではある。

Live version。(2)の譜割はこちらを参考にした。

2013年6月16日 (日)

Memories of Old Days - (A Collection of Curios, Bootleg....) 5CD

Gentle_2 前の記事で、おまけをまとめたCDを出して欲しいと言ったら、早速神様が半分だけリクエストをかなえてくれた。7月29日にEMIから、Chrysalis移籍以降のデモやalternate trackをまとめたCD 5枚のbox set、Gentle Giant - Memories of Old Days - (A Collection of Curios, Bootleg....) が出るとの事。

この内、CD2Scrapping the BarrelCD-ROMMP3で収録されていた、Pinewoodでのリハーサルテープ、CD4GG at the GGの音声、CD5bootで出ていたNew Heavenでの最後のツアーでのKYZY-FMの放送からのものだと思う。また、RoxyのLiveはLast Gint Stepと収録は同じ最後のライブからのものだと思うのだが、この最終ライブは3日に渡って日によっては2回行われているので、同時間のものであるかは不明である。いずれにせよ、Zappa同様、まだまだ掘り出し物を期待してもいいような気がして、ちょっと嬉しくなってしまうsetではある。Amazonでは2481円で予約受付中である。

収録内容は下記のごとくである。

CD1

1.

Just the Same (Studio Excerpt - Instrumental Backing Track)

2.

On Reflection (Studios Excerpt - Instrumental Clavinet Composing/Improvising)

3.

Free Hand (Studios Excerpt - Piano Composing/Improvising)

4.

Time to Kill (Studio Excerpt - Instrumental Backing Track)

5.

Mobile (Studio Excerpt - Instrumental Violins)

6.

On Reflection (Live - White Plains, New York 1975)

7.

Proclamation (Live - White Plains, New York 1975)

8.

Free Hand (Live - California 1975)

9.

Interview (Rehearsal)

10.

Another Show (Instrumental Hammond Hi Notes)

11.

Empty City (Instrumental Acoustic Guitar)

12.

Empty City (Instrumental String Machine)

13.

Timing (Rehearsal)

14.

I Lost My Head (Composing 2)

15.

I Lost My Head (Rehearsal)

16.

Peel the Paint/I Lost My Head (Live in Sweden)

CD2

1.

As Old As You're Young (Pinewood Tour Rehersals 1977)

2.

The Face - Plain Truth (Pinewood Tour Rehersals 1977)

3.

For Nobody (Pinewood Tour Rehersals 1977)

4.

Free Hand (Pinewood Tour Rehersals 1977)

5.

Funny Ways (Pinewood Tour Rehersals 1977)

6.

Just the Same/Playing the Game (Pinewood Tour Rehersals 1977)

7.

Memories of Old Days (Pinewood Tour Rehersals 1977)

8.

On Reflection (Pinewood Tour Rehersals 1977)

9.

The Runaway/Experience (Pinewood Tour Rehersals 1977)

10.

So Sincere (Pinewood Tour Rehersals 1977)

11.

Winning (Pinewood Tour Rehersals 1977)

CD3

1.

Memories of Old Days (Guitar) (Rehearsals & Studio Excerpts)

2.

I'm Turning Around (Rehearsal) (Rehearsals & Studio Excerpts)

3.

Betcha Thought We Couldn't Do It (Guitar) (Rehearsals & Studio Excerpts)

4.

Betcha Thought We Couldn't Do It (Moog Solo 1) (Rehearsals & Studio Excerpts)

5.

Mountain Time (Piano) (Rehearsals & Studio Excerpts)

6.

Winning (Rehearsal) (Rehearsals & Studio Excerpts)

7.

Opening (Live in Cleveland, Ohio)

8.

Two Weeks in Spain (Live in Cleveland, Ohio)

9.

Free Hand (Live in Cleveland, Ohio)

10.

On Reflection (Live in Cleveland, Ohio)

11.

I'm Turning Around (Live in Cleveland, Ohio)

12.

Playing the Game (Live in Cleveland, Ohio)

13.

Memories of Old Days (Live in Cleveland, Ohio)

14.

Betcha Thought We Couldn't Do It (Live in Cleveland, Ohio)

15.

Funny Ways (Live in Cleveland, Ohio)

16.

The Face (Live in Cleveland, Ohio)

17.

For Nobody (Live in Cleveland, Ohio)

CD4

1.

Two Weeks in Spain (BBC Sight & Sound in Concert)

2.

Free Hand (BBC Sight & Sound in Concert)

3.

On Reflection (BBC Sight & Sound in Concert)

4.

I'm Turning Around (BBC Sight & Sound in Concert)

5.

Just The Same (BBC Sight & Sound in Concert)

6.

Playing The Game (BBC Sight & Sound in Concert)

7.

Memories of Old Days (BBC Sight & Sound in Concert)

8.

Betcha Thought We Couldn't Do It (BBC Sight & Sound in Concert)

9.

Funny Ways (BBC Sight & Sound in Concert)

10.

For Nobody (BBC Sight & Sound in Concert)

11.

Mountain Time (BBC Sight & Sound in Concert)

12.

Words from the Wise (Demo)

13.

Thank You (Demo)

14.

Spooky Boogie (Demo)

15.

Little Brown Bag (Demo)

16.

It's Only Goodbye (Demo)

CD5

1.

All Through the Night (Rehearsal)

2.

It's Not Imagination (Rehearsal)

3.

Convenience (Clean and Easy) (Live - New Haven, CT 1980)

4.

All Through the Night (Live - New Haven, CT 1980)

5.

Free Hand (Live - New Haven, CT 1980)

6.

Knots (Live - New Haven, CT 1980)

7.

Playing the Game (Live - New Haven, CT 1980)

8.

Giant for a Day (Live - New Haven, CT 1980)

9.

Inside Out (Live - New Haven, CT 1980)

10.

It's Not Imagination (Live - Roxy, CA 1980)

11.

Underground (Live - Roxy, CA 1980)

12.

Five Man Drum Bash (Live - Roxy, CA 1980)

13.

Band Introductions (Live - Roxy, CA 1980)

14.

For Nobody (Live - Roxy, CA 1980)

15.

The Advent of Panurge (Live - Roxy, CA 1980)

16.

Number One (Live - Roxy, CA 1980)

 

2013年6月14日 (金)

グリコのおまけ

AKB48の総選挙も終わり、多分中古CDショップには買い手の無い「さよならクロール」が並んでいる事と思うが、私もGGに関してはAKBファンのことは余り言えないと思う。何しろ、おまけが欲しくて、わざわざアメリカのitune cardを手に入れ、もう何度目か忘れたThe Power and The Groly、Free Hand、そしてInterviewのUSA itune store版を買ってしまったのだから。なぜかこれらのアルバムの日本のitune store版はボーナストラックがついていないのである。今回DLしたアルバムのおまけは次の如くである。

 

Interview_itune_3 THE POWER AND THE GLORY

1. The Power And The Glory

2. Intro '74

3. Proclamation - Live 1975

4. Aspirations - Radio Session 1974

5. Cogs In Cogs - Live 1975

 

Free Hand

1. Just The Same - Live 1975

2. On Reflection - Radio Session 1975

3. Free Hand - Live 1975

 

Interview

1. Intro '76

2. Interview - Live 1976

3. Give It Back - Live 1976

 

この内、一番聞きたかったのはInterviewのおまけである。ボーナストラックでのLiveは1976年6月18日のNY、Central Parkでの演奏とのことだが、Under Constructionに入っていたVersionと比較すると、若干テンポが早く、ノリもよい。観客のノリもよく、演奏に若干荒削りな所があるものの、私にはこちらの方が、演奏・熱気とも上の様に聞こえる。Give It Backはこの頃、Funny Wayの代わりにKerryのVibraphone soloの場として演奏されていたもので、このおまけ以外にはInteview in concertの音質の劣るLiveでしか聞けなかったものであり、クリアな音質でKerryのVibe soloが満喫出来る。また、Free HandのLiveは多分、Plain Truthに引き続いてこの曲が演奏されていた頃のLiveで、Playing The FoolではカットされていたRayのViolin2小節から曲が始まる構成がまるまる聴ける。GGの再発CDはリイシュー元でボーナストラックが違っていたりするので、どうしてもおまけ目当てで買ってしまう事も多いのだが、もう十分散財したので、そのうち、これらのおまけや未発表LiveトラックをまとめたCDを出していただきたいものである。それでも多分、またおまけのついた再発CDが出たら買っちゃうと思うけど…

2013年6月 7日 (金)

おにいちゃんとおとうと (Three Brothers) その4

さて、Phil脱退の話を聞いて、一番ショックを受けたのは他ならぬDerekRay、いつも言い合いをしている兄弟二人であったらしい。その日彼ら二人は他の三人に、Bandを解散する事をにしたと話したという。しかし、GaryとJohnがとにかく5人で頑張って行こうと兄弟二人を強く説得した為に、何とか続けるという事になったらしい。この脱退時のことをPhilは「この時には私は既にbandの1/6になっていたから、残った5/6で続けていける事は確信していた。その通り、かれらは更に7年世界的に活躍しただろう。」とDamon Sulmanのインタビューで言っている。彼にしてみれば、疲れきっていた傍ら、年の離れた兄弟達も、やっと自分の手を離れたと思ったのかも知れない。Philはそれから教師の職に戻り、途中1年間の奥さんの実家でのアメリカ暮らしを経て、11才の時以来暮らしているポーツマスでギフトショップ "Rainbow's End" を開きながら教師の職をつづけたようであるが、その後10年間一切音楽活動はしなかったと述べている。また、Derekはこの後3-4年、口をきいてくれなかったそうである。(Phil談)

Derek74_3  

次のAlbum、”In a Glass House”を作る時のDerekのPressureは大変な物だったらしい。彼はAlbumについて「結果的にいいレコードだとは思うが、当時の自分の回りの状況や、プレッシャーから、あまりいい思い出はない。個人的にはPhilが抜けたショックから脱しきれなかったことが大きく影響していた。実際、作ってから数年はレコードを聞き返す事が出来なかった。」と述べている。Philがいなくてもやっていける事を自分自身とPhilに対して証明しなければならないと思っていただろうし、Philが今までメインに書いてきた詩を書く事にもなり、詩においては自分なりにPhilとの違いを際立たせようとしたのかも知れない、その結果、Philがラブレーやレイン、カミュなどの文学作品や精神病理学領域の本を題材にしたのに対し、Derekは自分の身の回りの事や、政治、人々の別離など、もっと身近で私的なテーマで詩を作っていくが、Glass Houseの中の"An Inmates Lullaby”での幽閉状態に関してみれば、逆説的な意味でレインの影響を受けているような感じを受けるし、アルバムの着想は当時のbandとプロダクションの関係から来ているらしいものの、評論家の坂本理さんの言葉を借りれば、全体的なアルバムでの曲を追っての逃避から経験を通しての成長、現状の受容とそれに対する終わりの無い戦い的なプロットは、何となく実存主義的なPhilの生き方に似た感覚を思わせる。例によって私の妄想だが、この時、Derekにしてみれば、「こんなときはPhilはどのように考えるだろう」的な問いを自分に発しながらアルバムを創っていたのかも知れない。一方、Philがいなくなって、GGの詩には文学的なものが無くなってしまったとはMalcolmの評である。そして、Philが今まで引き受けることが多かったBandの実務的な契約、プロモーションの交渉もDerekが担っていく。

Derek_1980 時代は移り、Free Handのチャート入り後、思うように続くヒットに恵まれなかった彼らが音楽性を変えた頃のVideoであるGG at The GGを見ると、GG on The Boxの頃に比べ、Derekの立ち振る舞いが、Big Sound時代のPhilを思わせるMarcus兄弟的な、ちょっと滑稽で外した乗りになっているという印象を受けるのは私だけだろうか。この頃、Derekの言によれば、「時代は代わり、音楽は「ビジネス」になってきてしまった。その中で我々は成功しようと必死になっていた。」と言っている。このDerekのステージでの振る舞いは、ちょうとBig Soundが一発ヒットの後、ヒット曲が恵まれなかった頃に、PhilがLiveでおどけていたものと重なってしまうというのは、例によって私の妄想である。そういえば、Big Sound時代のアンケートで兄弟三人は好きなコメディアンを聞かれ、それぞれ、マルクス三兄弟の一人をあげていた。更に妄想を言わせてもらえば、この頃、PhilとDerekはやっと会話をかわすようになったようだが、Derekにしてみれば、PhilのBandのまとめ役としての苦労とストレスが実感として理解出来たのが、和解の一つの助けになっているのかも知れない。

時代は更に移り、最近のDamon Shulmanの90分におよぶインタビューの最後で、Damonが「みんな成長して行ったんだね。」と言うとPhilは「それはどうかな。まぁ、弟たちは二人とも、半分くらいは大人になったかも知れない。何せ、二人とも立場はどうあれ、まだ音楽業界にいて夢を追っているんだからね。」としみじみ言っていた。

Three_brothers_2 ここから先も私の妄想が続くが、Philが育ったGlasgowのGorbalsは当時、非常にタフなスラム街だったそうである。その中で、信用出来るのは自分と家族、本当の親友だけという状況で育ったらしく、最近のインタビューでも体制を信用せずに反骨的に生きている感じを受ける。その一方、ポーツマスでの自分の小学生時代の親友(Frank Covey)をBig Sound、GGのローディーの元締めとして信用し(Octopusの中のDog’s Lifeは彼に捧げた曲である。)、76年にGGがアメリカに活動の根拠を移した後、ローディーをやめたCovyに何かと手を差し伸べ、最終的にCovyは教師の資格を得たらしく一緒に定年するまで、同じ小学校で教えていたらしい。数年前も地元のFMのBig Sound~GG特番に一緒に出演している(Derekも電話で出演)。また、GG解散後のChrysalisの契約消化の為のKerryのデモをSclaping The Barrelに入れるために歌詞を付けた時にはひさびさに作詞を引き受けてている。このように、古い友達を大切にしている事も伺われる。また、音楽で食べていく事をきっぱりやめ、今もPhilは昔と変わらぬポーツマス暮らしである。こんな所から、非常にDown to Earthな人間である感じを受ける。 そして、他の兄弟二人、Derekはアメリカで音楽業界のA&R manの鏡のようになり、第一線のビジネスマンとしてアメリカ音楽産業の一翼を担っているし、RayはBjorkのいたSugaercubeなどのプロデュースや、ゲーム音楽の制作、はては変名でRave PartyでのHeavy RotationとなったらしいCDなどを作ってしまったり、今はGenesis、QueenなどのBig NameのDVDの編集・リマスタリングなど、相変わらず音楽を創る分野での活躍を続けている。この三人に生き様はまるで、Philがコンセプトを考えたThree FriendsならぬThree Brothersの様に感じてしまう今日この頃である。ただ、一つ違う所は、やはりBig Sound~GG特番のFM番組で、Derek、Rayも電話で番組に参加し、馬鹿話ともつかない話をPhilと楽しそうにしていた事である。

(おしまい)

2013年5月31日 (金)

On the Road (その1)

GGはその10年間で、後半の2年間を除いて、レコーディング~ツアーに明け暮れていたWorkaholicなbandである。10年間でstudio recordingだけで11枚、1年に1枚以上のペースでAlbumを作ると共に、その間は殆どの時期、ツアーに出ている。

Bs_2 楽器持ち替え色々の所で書いたが、彼らは前座生活が長かったので、色々なbandと競演している。プログレ関係ではJethro Tull, Yes, Colloseum, Rick Wakeman, Zappa、Procol Harumなどなど、当時、クロスオーバーと言われ始めたMahavishunu Orchestra, Return to Foreverなどの前座もしている(Derekはこの2つのbandのファンで、影響を受けたと言っている。)。この辺は、理解出来るが、Shanana, T-Rex, Peter Frampton, Edger Winter, Black Sabbathなどは彼らも言っているように、明らかにミスマッチという感じではある。当時のプロダクションもGGの音楽をどんなbandと合わせていいのか分からなかったのかも知れない。

では、ロードの時に実際プログレ関係の他のbandのメンバーとうまく行っていて、ミスマッチなbandとはうまく行っていなかったかといえば、そうでもないらしい。実際、DerekやRayが「史上最悪の組み合わせ」といっているBlack Sabbathのメンバーとは非常にウマがあったらしい。Ozzyは彼らに対して非常に寛大で、Sabbathのメンバーは夜な夜なパーティーをしていたらしく、GGのメンバーも一緒に騒いでいたらしい、挙げ句の果てに全員ひどい二日酔いetc..で都合4回、コンサートがキャンセルになり、GGのマネージャーから「パーティー参加禁止令」が出たそうである。実際、GGのメンバー達は、呑んべぇが多いらしく、このツアーの時のコンサートを見た方の話では、ステージ上に各自、ハイネケンの6本パックを2つ抱えてLiveを始め、終わりまでに殆どを飲み干してしまったのに酔っぱらったそぶりは全く見せなかったという話もある。私などは、それだけ酒を呑んでも、あれだけタイム感覚が鋭いのはすごいと関心してしまう。しかし、Stockholm ‘75のライナーにJohnが書いているが、コンサート後も更に呑んで、次の日の朝は超二日酔いという事も多かったらしい。Johnはインタビューで「我々は音楽に対してはいつもシリアスだったので、gigやレコーディングでは酒を少々聞こし召す位で、いつも素面だった。」と言っており、ビールは酒ではないのかという疑問はさておき、演奏の時はそれなりに自己規制(?)していたようではある。ちなみに、酒以外の「おクスリ」関係では調べてみた限りでは、前述のコンサート後のミーティングの時に、皆を落ち着かせる為に、Derekがマリファナを回したことがあったくらいの話しか見つからなかった。右の写真は「爆竹騒ぎ」の時のSabbathのリハーサルの写真といわれるものである。右端に映っているMellotron M300はGGのものであろうか。

一方、プログレ関係であまりウマが合わなかったのはYesのようである。かれらは多くを語ってはいないが、Garyによるとローディーがタカビーだったり、ステージのスペースを細かく限定してきたりと結構な苦労をしたらしい。Yesについて言えば、時は流れ、いつからかは知らないが2010年まで、YesのLiveはDerekのプロダクションがブックしていたそうで、Billy SharwoodをChris Squaireに紹介したのもDerekらしい。

Aab2 彼らが一番、親しくしていたのは、Jethro Tullであるらしい。Jethro Tull以前にも、Ian AndersonやJohn EvanとShulman兄弟はBig Sound時代から共演していて、もともと顔見知りだったらしい(Phil談)。最初のヨーロッパツアーではGGの受けがあまりに良く、前座なのに2度もアンコールをした時には、Ianが「このツアーではGGはアンコールをしない」という一筆を入れさせたという噂もあるが、全体的にIanはGGに対して、非常に鷹揚で、GGもウマが合ったらしく、Philが抜けたときもIanからJethro Tullに加入しないかという誘いがあったらしいし、GG解散後も加入はしなかったが、JohnがIanからのオファーでTullのオーディションを受けたらしい。また最近ではThick as a Brick 2の制作はIanとDerekが茶飲み話をしているうちにDerekが「あの少年は今どうしているんだろうね?」と言ったのが発端になっているとIanがインタビューで話している。

2013年5月24日 (金)

おにいちゃんとおとうと(Phil vs Derek)その3

1969年に入ってもSimon Dupree and The Big Soundはヒット曲が全く出ない状態だった。この頃、彼らは結局リリースされなかった2nd album "Once More Into The Breach Dear Friends”の為の録音を始めている。一方、この頃から兄弟は、彼らの才能を見込んだVertigo RecordのGerry Bronのマネージメントに入り、彼とつきあっていくうちに、兄弟は2nd albumの制作を中止し、新しいbandを作る為にキャバレー回りをして資金を貯める。この過程でデビューからのメンバーであったPeter O'FlahertyとTony Ransleyはbandを抜け、bassistとしてGerry Kenworthyを、Drummerとしてsession dummerだったMartin Smithを加える。そして1969年の12月にbandは解散する。その後、Shulman兄弟とMartin SmithはKerryとGaryを加え、半年間、Portmouthのpubでリハーサルを重ねた後、VertigoレコードからGentle Giantとしてデビューする。

Photo_2

この時のDerekの話によると、彼は「クリムゾンキングの宮殿」(1969年10月リリース)、イエス(1st albumが1969年7月リリース)などを聴いて、新しい音楽を作ることを渇望していたらしい。解散後のコンセプトはDerekの言やInterviewの歌詞によると「まず、自分たちの為に音楽を創る」ということ以外は何も決まっていなかったということである一方、Philは新しいbandは皆対等で絶対的なリーダーはいなかったが、「皆の話を聴いてそれを青写真にまとめることが出来たのは、どうやら私だけだったのと、年が離れていたこともあり、自然まとめ役になった。」と言っている。この時の作曲はKerryが中心だったようだが、Proとしての経験がなかったKerryに対し、PhilはKerryのやりたい音楽の話を聞き、「それでいい、もっと自分の作った素材を持ってくるように。」と励まし続けたそうである(Geir Hasnes談)。またFunny Waysでも書いたように、最初はFolkyなBalladだったこの曲やNothing At Allに、7拍子のリフや、Percussionの乱打とFreekyに変わっていくPianoを入れることになったのも、Kerryや他のメンバーの「今までに無い、何か違ったことをやりたい」という話を聴いてPhilが提案したらしい。Philは1stを「皆がまだお互いを知らない時に作った、お互いの顔見せのようなAlbum」、Aquiring The Tasteを「どこまでグループとしての自分たちの音楽を突き詰めて行けるかを試みたAlbum」と言っている。

Phil_3 また、Gerry Bronとのマネージメントのコンタクトや、ツアーのまとめ役も最初は彼がやっていたようであるが、Aquiring The Tasteの後、Bronze Recordを設立する事になったGerry Bronの元を離れる事になったとき、次のマネージメント・オフィスであるWWAとの契約は、Black Sabbathのマネージャーと知り合いだった、Derekが持ってくる (WWAと契約した後も、WWA自身がレーベルを設立する”In A Glass House”より前の2枚はVertigoから出ている。)。また、Rayもこの頃から、Kerryに倣って、作った曲のかなり具体的なDemoを録音してくるようになり、Free Handの頃でも用いられた、それぞれがリフやフレーズの断片を持ち寄り、KerryとRayがまとめるという作曲方法になってきたらしい。そしてこの頃から、Derek、RayとPhilの確執が強くなったようである。この頃の事を一緒にツアーをしたJethro TullのIan Andersonは「ステージの後、毎回毎回、お互いのまずかった所をあんなに唾を飛ばして議論しているbandは見た事がなかったね。」と述べているし、Garyによると「いつも、兄弟三人はステージの後で、時にはつかみかからんばかりの言い合いをしていた。でも。僕も男ばかりの三人兄弟の中で育ったので、別にそんな事は気にしなかったよ。あれは”兄弟愛”の表現のひとつさ。」と言っている。多分、自分たちのやりたい事をつかんできたDerekとRayにしてみれば、Philが音楽的にもinitiativeを握り続けていると感じるようになったのかも知れない。また音楽雑誌のインタビューでは71年まではPhilが答えている事が多かったが、徐々にDerekがインタビューに答える事が増えていく。

また、この頃から、以前よりうまく行っていなかったRayとMartinの関係が修復出来なくなり、Martinが脱退する (いくつかの資料では、PhilとMartinがうまく行っていなかったとの話もあるが、Rayがインタビューで確執があった事をはっきり述べている事。もともとJazzの影響を受けていたPhilはインタビューでMartinはいいdrummerだったと言っている事より、RayとMartinの関係悪化が、Martin脱退の原因と思われる。しかし、"Acquiring The Taste"(本の方)によると「クビ」を言い渡したのはPhilのようである。)そしてオーディションで18歳のバイク少年、Malcolm Mortimoreが加入し、やはりPhilのコンセプトによるThree Friendsを録音、ヨーロッパツアーに出るが、Philはツアー中ずっとMalcolmと同室で、彼の保護者役をしていた。Malcolmが脱退の原因となる事故で重症を負う前にも、ツアー中、Live当日にバイクで転倒して、手の筋を痛めたことがあったらしいが、この時はPhilがMalcolmの手に、テープでスティックを固定して、コンサートを乗り切ったそうである。この頃のPhilについて、Malcolmは「僕を雇うという話も、怪我をした時に「他のミュージシャンを雇わなければならない。」という話も直接Philから言われた。彼は"あく"の強い他のメンバーをいつもまとめていて、私にとっては「ギャングの親分」のような感じだった。」とインタビューで話している。

そして、Johnが加入して、1972年春のヨーロッパツアーを行った後に、彼らに取って四枚目のAlbum、Octopusが録音されるが、DerekはInterviewの歌詞で「四枚目で方向性が定まって、それから先はずっとそのままさ。」と歌っており、他のインタビューを見ても、OctopusはDerekにとって、やりたい事が具体的に見えてきたアルバムである事が分かる。一方、Kerryは後のインタビューで「Derekが四枚目で方向性が定まったと歌っていますが、これは本当ですか?」と聞かれた時に、「それはDerekが書いた詩であって、私にとってはあまりそんな意識はなかったよ。」と述べており、この「方向性の定まり」はDerekにとってのものだった事が分かる。多分、これは音楽的な事だけではなく、イギリスで受けが今一のバンドにとって、アメリカを突破口にするなどの戦略もDerekの頭の中で定まってきたことも含んでいるのであろう。実際、Derekが持ってきたWWAとの契約もアメリカでのレコード発売とツアーを視野に入れてのものであったらしい。

そして、彼らは3ヶ月に渡る初のアメリカツアーに出るが、家族をポーツマスに残しているPhilは徐々にストレスを貯め、更に「名目上のリーダーである事に疲れ」(Phil談)、1972年末からのヨーロッパツアー中、1973年1月4日のミラノのgigの後に、このツアー限りでbandを抜けると宣言する。 (つづく)

2013年5月17日 (金)

Funny Ways (Gentle Giant)

1stに収録されているFunny Waysは彼らの代表曲の一つであり、Liveでも1976年の春・夏と1980年のツアーを除いて、必ず演奏されている。最初の静かでちょっと暗鬱な歌メロではViolin, Celloがオブリガードを奏でそれが一転、7拍子の中間部では激しいビートと共にPhilとRayがTrumpetによるオブリガードを高らかに奏でる、そして4拍子に戻るとGGにしては珍しいGaryの泣きのGuitar soloが続く。LiveではGaryがac-12strings Guitarでコードを刻んでいるため、このsoloはKerryのorganで演奏されるが、GG at The GGでKerryが、このsoloをLiveで取れなかったのは残念だった、Double Neck Guitarを買ってでもsoloを取りたかったと言っていた。その為か、1975年2月13日のHolywood, Capitol StudioでのKMET-FMの番組用の録音(LP時代には”Playing the Foole - A Stake in the Heart”というタイトルで流通していたbootの音源)と下のYoutubeに上げられた1972年のBBCセッションでは、このパートでGuiar Soloをover-dubbingしている。Liveではこの後Kerryの鬼気迫るVibraphone soloが続き、Verseに戻る。もともと、この曲の4拍子の部分だけを、KerryがGutarを使ってballadとしてモチーフを作曲して持って来たそうであるが、Kerryの「何か今までのballadとは違ったことをやりたい」という相談を受けて、Philが一緒にGuitarで作曲を手伝い、詩をつけ、更に中間部の7拍子を入れることを提案したとのことである。この曲にしろ、やはり1srに入っているNothing At AllのDrum, Percussion乱打をBackにKerryが愛の夢~ヒンデミット(Phil談、私はどのフレーズがHindemithかは分からない)~ほぼフリージャズを演奏するところも、Philの差し金(?)とのことである。

Gg_bs 閑話休題、この曲はLiveでの代表曲の一つであり、Liveでの話題には事欠かない。その一つが1972年夏の彼らの 初めてのアメリカツアーの時の出来事であるCherry Bomb (爆竹)騒ぎである。8月から始まったツアーの最初のメインアクトは同じVertogoのBlack Sabbathであった。GGのメンバーによるとSabbathのメンバーは寛容で、彼らとはうまくやっていたらしいが、この曲はちょっと当時のSabbathのファンには受け入れがたかったようで(私はどちらも好きですが…)、9月15日のHollywood Bowlでは、2万人の観客の前で、最初のPrologue, Alucardは多少のブーイングを受けつつそれでも演奏後は拍手を受けていたが、PhilがFunny Wayを「次の曲は非常に静かに始まる曲です。」といって、RayとKerryがViolinとCelloを持ったとたん、ビール瓶が飛んできたそうである。それでも彼らが演奏を始めようとすると観客の一人が、爆竹の大きいやつをステージに投げ込んで破裂させた。巷の噂では、ここで、Philが演奏を止めさせて、観客に向かい”You guys are fucking bunch of cunts!”と一喝したことになっているが、この時のboot (Hollywood Bowl ’72)を聞くと、爆竹が爆発するや否や、まずDerekが「てめーら、よく聞け!今度こんなことしたら、今日のコンサートは中止だ!!」と観客に向かって言い放っている。2万人のSabath目当てが殆どの観客に見上げた度胸である。この後、Philが「このサルども、ちゃんと聴け! Funny Way」と続けている。Derekの後日談ではこの後「人生最大のブーイング」を受けたと語っているが、当日のテープを聞く限りでは、この後、観客は静かになり、bootでは観客の一人が”こいつらとんでもないやつらだぜ”(ほめてるのかけなしてるのかは分からないが…。) と言っているのが聞こえる。そして結構静かにFunny Wayを聞き、最後のPlain Truthでは結構な、やんやの喝采を受けている。
こんなこともあり、DerekとKerryはSabbathの前座でのロードを「世界最悪の組み合わせ」と言っている。ちなみに、この日、Sabathは演奏の最後でTony Iommiが突然失神し、その後のツアーはキャンセルとなり、GGはこの後イエスの前座として、全米を回ることになる。


Three Ways of Funny Ways

これは1st Albumに収録されているもの。

これは1972年8月のBBC sessionのもの。
GGのCDには未収録のPhil在籍時代の演奏である。

5人になってからのLiveでの演奏。

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