April 04, 2010

Lenny Tristano

ストレンジディズの紙ジャケ再発でやっと手に入れたPatrizio Fariselliの1974年のFariselli_4solo album、antropofagia
当時のCrampsの前衛的な雰囲気を反映して演奏もPrepared Pianoを使ったabstractなものが多いのだが、その中でPiano本来の響きを生かした演奏がこのLenny Tristano。 盲目の天才ピアニストと言われ、1950年代にpianoの多重録音による演奏を残した演奏家をtitleにした曲である。曲自体はTriatanoを思わせる中低音を使った速い8部音符のパッセージを強調したimprovisationである。確かに言われてみればFariselliがAreaの曲を独奏したArea, variazioni per pianoforte の中のIl bandito del desertoなどを聞くと、左手のpercussiveなbass lineと右手の中低音を中心とした流れるようなphraseにそこはかとなくTristanoの影響を感じるような気がする。ちょうどyoutubeにIl bandito del desertのVideoと

TristanoのVideoがあるので興味のある方は聴いてみて欲しい。

私自身はTristanoの生真面目すぎる演奏には何となくなじめなくて、いつも聞き込もうと思っても途中で挫折してしまうのだが、今回久々に聞き返してみて、思い込み過ぎかもしれないが、TristanoがBand演奏でみせる8部音符での流れるようなad-libが何となくAreaでのFariselliのARP sunthesizer soloに重なってしまった。

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February 20, 2005

M002 Arbeit MAcht Frei

14以下の話はFariselliのサイトでの彼の随筆の抜粋に、他の参考文献からの補足をしたものである。さて、Arbeit Macht Freiで始まりのdrums soloの後、bassが入る直前に、鳥の鳴き声が聞こえ、その後揺れた銅鑼の音と水の流れる音が入るのにお気づきだろうか?この銅鑼の音はスタジオにおいてあった古いトラックの上に放置されていた大きな銅鑼のものらしい。Dimetrioが銅鑼を叩きながら、水をかけることにより、音を揺らした音をとり、これをintroに使いたいと言った。そこで、銅鑼をスタジオに持ち込もうとしたが、水で床を濡らすので、スタジオの管理者にそれをやるのを断られたらしい。そこで、銅鑼をトラックに立てかけ、水をかけ、それをスタジオから伸ばしたマイクで収録することになったのだが、Milano市内のスタジオだったため、周りの車の騒音が入ってしまい、上手くとれず、静かになるのを何時間も待った。で、やっと車の音が、静まった瞬間に銅鑼を鳴らしながら水をかけ、収録に成功したのだが、さてレコーディングを聴いてみると、車の音に気をとられて気づかなかった鳥のさえずりが入っているのに気づいた。しかし、妙に導入部にあっていたので、それをそのまま使ったと言うことである。FarriselliによればAreaはCramps時代、音楽的なproducerは居らず、Mixing等も含め基本的に自分達で行い、ベースとなるオケの演奏は一発取りで、それにVocalや必要な楽器、sound effectを重ねる方法を自分達で試行錯誤を繰り返しながら行っていたらしい。彼はAreaは自分にとっての大学のようなものであったとinterviewで語っている。このエピソードに見られる、自分達で納得する音を、自分達のアイデアで作っていく姿勢が、cramps時代彼らの独特な雰囲気を作ったのかもしれない。

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January 23, 2005

M001 Luglio, agosto, settembre (nero) [補足あり]

さて、Areaと言えばやはり1stの1曲目Luglio, agosto, settembre (nero)のあの8+7+8+6のBalkan phraseが最初に頭に浮かぶ方も多いかと思う。私も初めてあの曲を聴いたときの背筋に震えが走る感じはいまだに覚えている。
New_DE_Band_Goes_Underground 本家でも書いたが、Area本でFariselliがLuglio, agosto, settembre (nero)のネタになった曲として当時変態変拍子Big BandをやっていたDon EllisがBlugariaの民謡の楽譜を、当時BulgariaにいたPianist、Milcho Levievに送ってもらい、それを集めてarrangeしたBulgarian Bulge(public domain/arranged by Don Ellis)をあげている。Area本によるとFaricelliが友人の家でこの曲を聴き、この曲の中のFrank ZappaそっくりのTrombone奏者のsoloを聴いて、inspirationが沸き、一気にあのフレーズを書き上げたといっている。Original RecordingはUndergroundに収録されているが、残念ながらこれは現在廃盤の様である。しかし、彼らのLive、Tears of Joyでその演奏が聴ける。このVersionではAmericaへ渡ったMilcho Levievのアクの強い13拍子のsoloが聴ける。この曲はどうも、BulgariaのHoroとよばれるダンス音楽の中でも、変拍子が中心のRatchenitzaという民謡が元になっているらしい。
bulgariaで、Bulgaria民謡のCDを漁っていたら、1955年にブルガリアの民謡をPhillip Koutevという指揮者が集めた"Music of Bulgaria"というCDを見つけた。この中で、Jivka Klinkovaという女性の作曲家がBulgariaのanonymousな民俗音楽を集め、arrangeしたBulgarska Suita(1950)という曲を聴いてびっくりした。"黒"のphreaseの宝庫なのである。彼ら自身がこの曲を聴いて影響を受けたのか、各々の民謡のphreaseから影響を受けたのかは定かではないが、1970年代初頭という時代にBalkan MusicをJazz Rockに持ち込むというこのuniqueな発想はどこからきたのであろうか。

[補足]
オラシオ主催万国音楽博覧会を主催されているオラシオさんからの情報によればDon Ellisの所でsoloをとったtrombone奏者はGlenn Ferrisと言う人だそうで、ZappaのGrand Wazooにも参加しているとのことである。
情報をいただいたオラシオさんに感謝いたします。

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